名産品

2011 - 06/10 [Fri] - 23:57

身近な物に、案外年季が入っていたり




【ウィッシュ=フローラ】

無邪気さとニヒルさの間で気ままに生きる世捨て人
催眠療法のために両性から好感を持たれる中性的な容姿をする

極限まで研ぎ澄ました色のない光<魔力>を自由自在に操り
魔力を神のように崇める独特の宗教観を持つがどこかぬけている


【棗(なつめ)】

かつては山奥の村の守り神として畏怖されていたが
村人たちが上京してしまったため今は神社で隠遁する

寂寥感と時代から忘れ去られる恐怖から
少女の姿をしており、語りだすと止まらない















「大丈夫か?顔が赤いぞ?」

「…日本酒ってマズイですね
 アルコールをそのまま飲んでいるみたいだ…」

「それはおまえが安酒を買ってきたからじゃろう
 本場の酒はこんなものではない」



露の季節雨あがりの涼しさと
湿り気のある、気持ちの悪い暑さが入り交じって
山奥の小さな社は微妙な心地である


棗の元で、朝の稽古を終えたウィッシュは
今日は特に予定が無いので
そのまま殿の入口の階段に腰かけて
のんびりと彼女と酒を呑んでいる



「…じゃあ次からは出し惜しみせずに
 高い酒を買ってくることにしましょう」

「待て、高ければよいというものではない
 美味い地酒が普通より安いことも有り得る」

「あらら、一筋縄ではいかないものですね」

「そうじゃ、それに買う場所も気をつけねばな
 同じ酒でも保存方法を誤れば、味の差は歴然」

「はぁ…?
 じゃあ、見極めるコツってあります?」

「安酒を堂々と他人に呑ませるおまえに
 心得も何もあるまい!
 若造は黙って出された酒を呑んだ方がよい!」

「はぁ…」



二人とも、決して酔っぱらってはいないが
安酒のせいで胸が詰まって、気分が悪いのだ



「待っておれ、おらが直々に美酒を出す
 日本酒は不味いと思い込んだまま
 一生を終えるのは大損じゃからな」

「…どこからですか?」



意気揚々と棗が殿に入ろうとしたとき
ウィッシュが不思議に思って声を掛ける

棗は忘れられた神様
彼女は変わり果てた現代の街を嫌う
信心も無く、機械のように動く人々と
何もかもが効率化された、面白味のない街が
恐らく、酒の買い出しに行くことすら躊躇うはずだ



ウィッシュの方を振り返りながら
落胆した表情で棗が言う


「…造る…のは無理、か…」


足を引きずるようにして
ウィッシュの隣に再び座る



「しかし、な…
 おまえに日本酒は不味いと
 誤解されたまま生きられるのでは困る」

「このまま美酒の味までが
 忘れ去られると癪じゃからな」
赤が剥がれた鳥居を見ながら、棗が付け足した




「…その酒、どこで売ってます?」

「仮に、昔の店が今もやっているとしたら
 ここから近いはずじゃが…
 素人の目にはまず分かるまい
 僅かな色や香りの違いを
 見極めなければいけないからな」

「…」




森の奥の方から
幽かに川の流れが聴こえてきた

それに耳を澄ませることもなく
二人はのらりくらりと杯を玩<もてあそ>ぶ






やがて、ウィッシュが遠くを見ながら口を開いた

「一緒に行きましょうか?」


棗は暫く黙りこんでいたが
終には杯を横に置いて言った

「少しだけなら、な…」




















麓の街は、棗が言うほど騒々しくはない

平日だから、と言うこともあるが
ゆるやかなカーブの道路を
走る車もあまりないようで
鳥の鳴き声も聞こえてくる






木造であるかのような
お洒落な土産屋に二人がいる
酒の他にも、様々な名産品と伝統工芸品があり
入口には、この地域の歴史を分かりやすく解説する
看板や碑文などが並んでいる

雰囲気こそ昔の建物のようだが
あくまでそれを模った現代の建物なので
蛍光灯で薄暗い店内を照らしているが
不思議と違和感は感じない



酒瓶をあらゆる角度から眺める棗と
彼女のうんちくに何度も頷くウィッシュ
そしてカウンターの前の椅子で
暇そうに新聞を読む親父さん

親父さんは、少女の姿をした棗が
やけに酒に詳しいのを不審に思って
新聞紙越しに凝視している




「これは色が悪いな…
 保存状態は決して悪くないんじゃが…」

「あの、無理して一番いいのでなくても
 俺は別に構いませんよ?」
(お金持っているの俺だけだし)

「ほほう、おまえは要らないと言うか
 なら、おらが全部貰っても文句はないな?」

(分かってて言ってるな…)



ウィッシュの慰労をよそにしつつ
棗は真剣な表情のまま
棚から酒瓶を持ち上げては
光に照らしてよく吟味する


これでもこの張り切っている神様は
さっきまでウィッシュと街を歩いていた時は
始終微かに震えていたのだ


カーブミラーに映った、自分の蒼い顔や
見たことのない自動販売機やポストを見回しては
いつも以上に余裕に満ちた笑みを浮かべる
ウィッシュの腕にしがみついて歩いていた





「これが一番じゃな」

(高いなぁ…)

そう言ってウィッシュに酒瓶を渡す

なんとも透き通った色をした日本酒だが
ウィッシュは他の酒とどこが違うのか分からない



「早く買ってこい
 ここにいると気分が悪くなる」

「はい、じゃあ、少し待っててくださいね」


ウィッシュは酒瓶を握って
カウンターの方に行ってしまった

自らウィッシュを急かしたことを
心の内で軽く後悔した



我に帰ると、棗を囲う不可解な物質

その全てが彼女を不愉快にさせて
そして言い表しのない恐怖を煽る


一人だと気が狂ってしまいそうだ
早く会計を済ませてくれないだろうか



どうやらカウンターで
いざこざが起こっているようだ


「"子ども"に酒を飲ませる気か?」と
親父さんは誤解しているせいで
ウィッシュと揉めているのだ

「あの子は料理酒一つにまで
 心を砕く天才なのです!」と
勢いで誤魔化すウィッシュも手一杯で
暫く時間がかかりそうである






吐き気がする、息が詰まる
訳の分からない処に長居したせいで
呼吸が荒くなり
眩暈<めまい>までしてきた




外の空気を吸うため
棗は小走りで店の外に出る

日差しが強い
コンクリートのせいで、もっと暑い




座って涼める所はないか?

辺りを見回すと、木造りの長椅子があった
ちょうど日陰に入っている



倒れる前に、慌てて棗はそこに座る
風が涼しく、汗をかいたところが冷たい
ちょっと気分が楽になった

だが、ウィッシュはまだ来ない





棗は、"観光案内"と大きく書かれた
看板の文章に目を通す

他に、長椅子に座ったまま見ることのできる
似たような看板がいくつかあるので
それを見て気を紛らわそうとした
―無意識に彼女についての記載を期待しながら




木彫りの工芸品
鮮やかな紋様の民族衣装
地酒の歴史
すぐそばにある山の見所


どれも彼女にはどうでもいい情報だった
それどころか、やり場のない怨みが募る
心臓が高鳴るが、彼女はその"無意識"を知らず



文化風俗
数百年前の歴史
年季の入った井戸の解説
順番に看板を見てゆくが…



結局、彼女についての記載は無く
達観したような、自嘲したような
掠れた笑い声を彼女はあげる





「お待たせしました」


いつの間にか隣にウィッシュがいた
彼が両手に下げる、白いレジ袋には
酒瓶以外にも多様な"名産品"が詰められていた


「…なんじゃ、それは?欲しかったのか」

「あの髭に脂がのったデブに
 買わされたんですよ
 子どもに酒を飲ませるのを黙ってやるから
 他に店の物を買っていけ、と」

「だったら本名を明かして
 魔法で媚を売ればよかったものを」

「そんなことをしたら
 黒い長髪をしたオカマ野郎を見かけたら
 とりあえず足元に付け込んでおけば何か貰える
 なんて変なジンクスが広がりますよ」


ウィッシュを皮肉るように棗が高笑い
落胆した気持ちを悟られまいと
そのまま立ち上がって帰路についた

彼女はどことなく腑抜けた調子だったが
ウィッシュはあえてそっとそいておいた














「さて、おらが注いでやろう」


神社に帰って
再び殿の階段に腰を下ろしても
あくまで棗は強気に振る舞う


奇妙なほどウィッシュの世話を焼くが
彼は一言、「ありがとうございます」と
杯を差し出して、余計な詮索はしない



そして棗は自分の杯に酒を注いで
後は無言で酒を呑んだ


酒は、確かに美味かった
だがどうにも気持ちが満たされない
こうも気が滅入ってしまっては…




久しぶりに棗が見せた
哀愁を帯びた表情を一瞥するウィッシュ

「美味いですね!」と言う空気でもないので
特に理由もなくレジ袋の中を漁ってみる



一見、普通の生地でできた敷物
藁人形のような、草編みの人形
難解な漢字が並べられた木版
よくわからない何か、雨乞いに使うのだろうか…


とにかく、一見普通の品物を取り出しては
ウィッシュ自身と棗の間に並べてみる



使った金は惜しいが
飾るにしても、置き場所に困る
せっかくだから、棗に差し上げようと思ったのだ



当の棗も、興味ありげな目で
これらの名産品を見ている


…いや、ただ興味がある訳ではないようだ
戸棚の奥に閉まっていた
昔のオモチャを見つけた時の瞳に似ている



「なぁウィッシュ、これ見たことあるじゃろ?」


レジ袋を漁る手を止めて
棗の震える指の先を見ると
確かに何の変哲もない敷物には
どこかで見たことのある紋様が刻まれている


「見たことあるじゃろ…!?」

「確か…そう
 前に一緒にあの村に行ったとき、でしたっけ?
 一番最初に見た小屋の壁に掘られた紋様
 …あれと同じですね」


棗は慌て、次は草人形を見る


「これは…見たこと無いじゃろうな
 あの山村では、厄を払うために
 子がある歳になったら息を吹きかけて
 川に流す慣わしがあってな…」


棗の長話が始まろうとしたが
彼女は尋常ではない様子で
木版を掴んで、まじまじと見つめる


「ウィッシュ、おまえこの字が読めるか?」


大層興奮した棗は
狐に包まれたような顔をする
ウィッシュの顔の前にそれを突き付ける


「えっと、神…川…山…?
 何か、願いが込められた
 文が綴られているようですが…
 これ以上は分かりませんね」

「全部を読む必要はない
 一番最後の文字だけだ、分かるか?」

「この字ですか?
 …ごめんなさい、分かりません」

「そうか、これはな…」


棗が「これはな…」と勿体ぶって言うときは
決まって自慢げな顔をしつつも
懐かし風景を遠くから見つめるような
少し若返ったかのような表情を決まってする



棗は、乾いた喉を美酒で潤して
「あっ」と何かに気づいて
口元を弛ませたウィッシュに対して言う


「これは"棗<なつめ>"と読むんじゃ
 分かるじゃろう、おらの名前じゃ」




No title

sunさん こんにちは♪

昼間っからお酒を飲んでいる2人
・・・って平和なのか?暇なのか?ってね(^◇^)

木版に刻まれた文字
『棗・なつめ』が一体何を意味しているのか・・・続きが気になります♪

優様へ

平和…というより
暇を持て余していますね、文字通り
そして設定上、二人ともお酒が大好き
結果、朝酒というぐうたらな行いに(・ω・;


一応今回のお話はこれでお終いですが
後で何らかの形でこの木版が鍵となって
新たな物語が生まれるでしょう

その頃には、今より技巧が洗練されているはずなので
是非ともお待ちくださいね(^^*

No title

日本酒はあの透き通った感覚がなんともいえないんですよね。
ウィスキーやカクテルやビールにはない『水』の感覚がものすごくおいしいんですよね。安物は安物独特に匂いがあるんですけど、高いものは山から流れる清流のごとく芳醇な香りがするので、好きですね。

才条 蓮様へ

山から流れる清流のごとく、ですか
なんなら安酒を天然水で割っても
それなりにいけるかもしれませんね(笑)

水の感覚、そう考えると
日本酒は自然(水)と上手く付き合う
日本人らしい発想と言えるかもしれませんね(・ω・*

No title

お久しぶりです
時間ができたので読みに来ました
周りの方々のようにいい感じのコメントはできませんが
情景や登場人物の感情などが良く伝わってきます(´ω`*)
とにかく凄く良いですw

また時間ができたらお邪魔させて頂きます!

あやすぃ様へ

お久しぶりです、あやすぃ様(^^*

出来るだけ、無駄は省いて執筆しているつもりですが
それでも分かりにくい表現が随所にあると
自分でも痛いほど分かってしまいます(^^;

ですので、情景や人物の感情などが分かり易いと
私にとって非常に嬉しい言葉を頂いたので
ニヤニヤしながらこの文章を書いていたり(マテ

お暇ができましたら
是非ともまたいらしてくださいね(^^ノシ

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