終わらない栄光

2012 - 03/20 [Tue] - 13:18

名声のうちで、まだ大きな成功を望みもせず、嫉まれもせず、孤立もしない名声が最も甘美なものである。 ―ヘルマン・ヘッセ




【ウィッシュ=フローラ】
 無邪気さとニヒルさの間で気ままに生きる世捨て人。催眠療法のために両性から好感を持たれる中性的な容姿をする。極限まで研ぎ澄ました色のない光(魔力)を自由自在に操り、文字通り神をも超える力を持つが、仄かな哀愁を漂わせている。





 その小さな村に住まう人々は口を揃えて言うだろう。
「ピストイア姉弟が作ったパンより美味いご馳走はない!」
事実、他の世界から、それもありきたりな朝食の為だけにパンを買い求めに来た男さえいる。
 彼の名はウィッシュ=フローラ。朝の光に目を細めながら小さな村の大通りを歩く彼は、ピストイア姉弟のパン屋に向かっている。
 ウィッシュは以前、隕石の落下を無限の力を以って阻止し、偶然にもこの世界を救った救世主でもある。一連の出来事の最後に、帰りを待っている家族の為にピストイア姉弟から美味しいパンを購入したことがあり、その味がふと懐かしくなったのでこの世界を訪れたと言う経緯だ。


 さて、ウィッシュは目的地であるピストイア姉弟のパン屋に到着した。朝の澄んだ空気を取り込むために開かれたたパン屋の窓から、焼けたパンの香ばしさがウィッシュの腹を鳴らす。彼が木造りのドアを開くと、小さな呼び鈴が店内に響き、奥の方から黒い煤で汚れたエプロンを着けた少女が現れた。

「は~い!いらっしゃいませ~!」
元気よく挨拶をしつつも、彼女は抱えたバスケットから陳列棚に焼きたてのパンを盛り付けている。
 茶髪のセミロングで、そばかすが特徴的なこの少女はアレラーモと呼ばれている。村人に助けられながら弟のアンドレアを養い、実質たった一人でこのパン屋を切り盛りしている。早くに死別した両親の恩返しとして立派な墓を建てた後は、「今度は弟とあたしの番!」と自慢のパンでお金を稼いでいるのだ。

「あれぇ!?もしかして、あの時の魔法使いさん!?」
 本日第一号のお客様を確認するなり、アレラーモは驚きの余り硬直して抱えていたバスケットを傾けてしまう。当然の如くバスケットから落下する焼きたてのパン。
 その光景を見てウィッシュも大きく目を見開いたが、すかさず彼は恐ろしい速度で感覚を研ぎ澄ませ、右手を差し出して魔法を行使した。ウィッシュが発動した術の名は『テレシキネシス』である。直接物体に手を触れず、対象を思いのままに動かす魔法だ。彼の術によって、バスケットから落下したたくさんの焼き立てパンは、床の埃が付着する寸前のところで静止した。
 完全に重力を無視している焼き立てのパン。アレラーモは口を開いて、そのパンを回収することも忘れ、手をばたばたとさせて呆然としていた。
「ふぅ…。もう少しで台無しになるところだったね」
 ウィッシュは胸を撫で下ろすと、術でパンを元の場所に戻そうとした。まるで巻き戻した映像を見ているかのように、宙に浮いたパンの全てが陳列棚に収まった。
「や…やっぱり魔法使いさんでしたか!ア、アハハハ…!」
 驚きの連続にアレラーモは笑うしかなかった。
「久しぶりだね、アレラーモ。なんか急にここのパンを食べたくなったんだよ。『あの後』貰ったパンが連れ合いにも好評でね。ふふ…」
「アハハ、ありがとうございます…!」
 ウィッシュは静かな口調で語った後、含み笑いをしてみせる。感情を押さえ付けている様が寂しそうにも思えたので、アレラーモは笑いながらきょとんと首を傾げた。が、その理由を詮索する間もないほど多忙なアレラーモは、お客様に愛想を振る舞う表情となって、縦横無尽に店内を駆け回った。

「おねーちゃん!もってきたよー!」
 その内アレラーモが出現した所と同じ場所から、茶髪のホブカットを持つ彼女の弟、アンドレアが顔を出した。彼は小さな腕に不釣合いな程大きいキッチンミトンを着けて、バランスを崩さないよう一歩ずつ慎重にオーブンに乗せたクロワッサンを運ぶ。
「アンドレア、それテーブルの上に置いて!」
「うん、わかったー!」
彼は姉の前でくるっと方向転換し、テーブルの傍で爪先立ちになってオーブンを持ち上げる。腕が細かに震えていたので、傍目から見ていたウィッシュはテレシキネシスを構えていたが、アンドレアはテーブルにオーブンの一部を乗せると、それを押し出して安定した場所に置いた。どうやらアレラーモに信用されるくらいまで成長したらしい。

 アンドレアが無事にオーブンを置いたのを確認すると、アレラーモは両手を鳴らしてパン粉を叩き落とす。
「そうそう!アンドレア!今日は特別なお客様が来たんだよ!ほら、あそこにいる魔法使いさん!」
アレラーモが彼を抱き上げると、二人は写真に映った親子のようにウィッシュを見つめた。
「まほうつかいさん?」
「うん!お空がピカー!ってなった時あるたでしょ?あれはこの魔法使いさんのおかげなのよ!」
「しらない…?」
アンドレアは困惑した面持ちで姉を見上げる。
「え、ウソ!?」
 よりによってウィッシュが見てる前なので、アレラーモはひどく赤面してアンドレアを降ろす。
「ゴメン!忘れて!おねーちゃん最近疲れているから!」
「う、うん…?また、やいたパンもってくるよ…?」
アンドレアは小走りで店の奥へと駆けて行った。

「そういえば、弟さんの前では俺のことについて話したことなかったよね」
 エプロンについた煤を払っているアレラーモに対してウィッシュが言うと、ため息交じりに彼女は答える。
「えぇ。『あの時』のことについても一切話していませんから。ごめんなさい…」
 憂鬱の表情でアレラーモは頭を下げる。なぜ彼女が謝る必要があったのかとウィッシュは頭を掻いたが、無礼を詫びているのだと解釈して場を取り繕う。
「いや、謝ることじゃないよ。話したら弟さんが怖がるだろうし。知らぬが仏ってよく言われるからね」
「はい。でも…」
 先ほどまで仕事に打ち込んでいたアレラーモは、虚ろを据える眼差しとなって窓際の方へ歩む。
「それでも、話をしておくべきだったでしょうか?あたしたちが今いるこの幸せな日々は、魔法使いさんのおかげだということを、忘れちゃいけませんから」
「あぁ、そう…?」

 そして彼女は窓越しに空を眺める。隕石が墜ち、この世界が滅びるかと思われた『あの時』は、末広がりの青空にさえ恐怖を覚えた。恋人のように寄り添う小鳥たちの歌声や、姉弟で作ったパンを買う人の笑顔もなかった。全てはここに居る魔法使いのおかげ。
 だがピストイア姉弟を除くこの世界の人々は、ウィッシュという魔法使いの存在すら知らない。隕石が墜ちる寸前に行使された、ウィッシュの強大な魔法を目撃した者は多々いるが、多くはそれを女神の慈悲か偶然なる化学現象と勘違いしている。それもそのはず、ウィッシュは事が済むと、帰りを待つ人がいるからと速やかにこの世界を後にしたからだ。
 アレラーモは彼の恩に報いる為、せめて異世界の英雄の名をこの世界でも馳せようと考えたこともあった。だがそのような話をするならば、隣人から奇異の目で見られるのがオチだ。ウィッシュにとっては持つ能力に見合った義務を果たしたまでだが、アレラーモにとっては一生を賭けても返すことのできない借りがある。ゆえに彼のことを忘れて何気ない日々を享受しようものなら、先に亡くなった者たちの怨みで呪殺されそうな気さえするのだ。

(まだ『あの時』の爪痕が残っているのかな…?それとも、単に俺に気を遣っているだけ?)
 アレラーモが抱える罪の意識を知らないウィッシュは、とりあえず彼女を慰めようと率直な意見を述べる。
「でも少しずつ忘れていった方がいいと思うな。極限状態のトラウマで苦しんでいる人もいるはず。教訓は得るべきだと思うけど、あまり過去に対し神経質になっていると、それはそれで立ち直っていないとも言えるし。俺を称える暇があったら復興に向けて頑張った方が有意義だからね」
彼が気負いなく、冷静に自分の意見を述べたので、アレラーモとしては余計に気を遣わずにはいられなかった。
「魔法使いさん…もしかして怒ってます?」
「あら?…もしかして失言だったかな?」
慌てて両手を口に当てるウィッシュ。アレラーモは神妙な顔でウィッシュの方を振り返る。
「違います。あまりにも開き直っているように見えましたから」
 人間は誰しも善意に見返りを求める。ただ単に「ありがとう」と言われるだけで満足する清廉潔白な人であろうと、野望の布石として下積みを重ねる奸雄であろうと。称賛さえいらないと言う者は、カッコつけているか開き直っているだけだ。
「あ~なるほど!いや、称えられるとか称えられないとか、あんまりそういうの考えないようにしているからさ」
「考えない?どういうことですか?」
「あ、う、それは…!」
 更に墓穴を掘ってしまったと冷や汗をかいたウィッシュは、しどろもどろになりながら言葉を付け加える。
「いや!考えないようにしているっていうのは、他の人々がどうなってもいいという意味じゃなくて、自分がどう思われているのとかを考えないようにしているという意味だよ!?もちろん悪く思われているよりだったら、良く思われている方がずっといいけど、そんなの考えたらキリがなくなっちゃうし…。考えないようにしている…といえば正しいのかな?あ、同じこと二度も言っちゃった…」
 口元を吊り上げてウィッシュは動揺を誤魔化した。アレラーモは目をぱちぱちとさせ、思考を張り巡らせて両手を組むウィッシュを見つめている。少し間を置いた後、ウィッシュは再び口を開いた。
「なんて言えばいいのかな…。こんなこと言ったら嫌味に聞こえるだろうけど、俺ってあらゆる世界に行けるし、一応魔法使いとしては最優秀だから、その分多くの人々に知れ渡っているわけだ。すると当然俺のことを嫌ったり文句を言う人も多くなるはず。そういう人を一々意識していると煮詰まってくるんだ。だからあまり人の言う事を気にしない方が、精神衛生上いいかなと思って、難しいけど…」
 意外に脆いなとアレラーモは思った。全てを達観したような態度からは考えられなかった。もしかしたら、彼は『達観しているフリ』をしていただけかもしれない。脆弱な心を守るために。
「う~ん…。ごめんね、考えがまとまっていないのに偉そうなことを言って」
「いえいえ!ちゃんと考えていると思いますよ!そうですよね!あたしを育ててくれた両親も、あたしの幸せを願っていました!時々思い出すくらいでいいから、悲しまないで前を向きなさいと言われました!両親のことを考えて悲しくなっちゃったあたしを見たら、きっと天国の両親も悲しんじゃいますから、あたしとアンドレアが幸せであることが両親への恩返しです!」
 直前とは打って変わって、張り裂けんばかりの笑顔を披露するアレラーモ。無理に幸せなフリをしているのではないかと、ウィッシュは罪悪感に駆られた。
「アレラーモ…もしかして怒ってる?」
「怒ってませんよ~!?」
「そう?それはよかった…」
ウィッシュがほっと一息つき、会話に一区切りがついたところで、アレラーモは気を取り直し仕事に精を出したのであった。


「じゃあ、機会があればまた来るよ」
 数十分後。両腕に焼きたてのパンを抱えたウィッシュが、店の出入り口で嬉しそうに言った。
「はい!いつでも待ってますから!」
「またきてね~!」
 ピストイア姉弟は手を振って彼を見送る。ウィッシュは微笑みで返答すると、閉まった扉を背に帰路を急いだ。
「当たり前の幸せがあるなら、偉い人の影を追いかけたり、弱い人に持ち上げられたりする必要もないのかも」
 そうアレラーモが呟くと、彼女は弟の頭を撫でてやり、今日もパン作りに励むのであった。



(The end)




面白かったです!

パン屋さんと魔法使い。

掛け合いも楽しいし、素敵な作品でした!

月花様へ

コメントありがとうございます(^^*

テンポ良く読者の方々が読み進められるようにと、掛け合いにはそれなりに力を入れております。楽しい、という言葉はちょうどいい長さなのかな?と勝手ながら解釈させていただいたので、非常に嬉しい気分です(`・ω・´

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