憂鬱な吸血鬼 Part1

2012 - 05/18 [Fri] - 22:23

石なんてみんな同じものさ、石なんてみんな宝石なんだよ。
ところが人間ときたらそのうちのいくつしか目に見えないのさ…。
                             ―青い鳥





【ウィッシュ=フローラ】
 無邪気さとニヒルさの間で気ままに生きる世捨て人。催眠療法のために両性から好感を持たれる中性的な容姿をする。極限まで研ぎ澄ました色のない光(魔力)を自由自在に操り、文字通り神をも超える力を持つが、仄かな哀愁を漂わせている。





 人気の少ない夜の歓楽街。大通りではじりじりと照明が照る音が響き、それらに重なるようにウィッシュやその他の人々の靴がコンクリートを踏み鳴らす音が聞こえる。夜に溶け込むかのような黒衣をはためかせるウィッシュは、ふと何かがたくさんのものが迫っていることを感じ取り歩みを止めた。犬か、猫か、蝙蝠か…。少なくとも、人間ではない。
 気配がウィッシュの背筋を掠めた瞬間彼は斜め後ろを振り向き、同時に視線の先にある数々の喫茶店や酒場、ライブハウスやレストラン、それらの扉が一斉に開かれる!次々と姿を見せたのは、牙を剥き出しにした男たちや、露出度の高い服を着た女たち。衣装『不思議の国のアリス』そっくりの衣装を着た小柄な少女や、『ドラキュラ伯爵』に似たコスチュームに身を包んだ品のある初老の男もいる。突如宴でも始まったかのように沸き立つ彼らは、一風変わった歓楽街の店員でもあるが…。生物の持つ魔力を的確に見分けることができるウィッシュには分かる、彼らは正真正銘の吸血鬼であると。
 昔吸血鬼が支配していたこの一体も現在(いま)は歓楽街。日の光を嫌う吸血鬼たちが人間社会に溶け込み、生きてゆくための手段として造られた。彼らは主に物好きな人間や刺激に飢えたカップルを相手に水商売をしているのだ。

 吸血鬼たちは現れるや否や、すかさず大通りでたむろしていた人々を取り囲み、好奇心を煽る言葉を囁き、時には女の武器で惑わす。そして運よく獲物が興味を示した時は、まるで彼らの上司を扱うかのように媚びた態度で店内へと連れ込む。当然その場に居合わせたウィッシュも獲物の一人。メイド服を着た赤毛の吸血鬼がウィッシュに駆け寄り、声を掛ける。
「ねえ、綺麗な顔をしたお兄さん。どの店を探しているの?」
「いや、特に。仕事で行き詰ったから、気分転換に酒を呑もうかと。噂通りとても楽しげな場所だけど…どの店がいいのか迷っているんだ。」
 赤毛の吸血鬼はウィッシュとの間合いを一歩詰めつつ、胸元を見せつけながら言葉を続けた。
「それならちょっとあたしたちの店に寄って行かない?すぐ近くだからさ。ほら、あそこ。可愛い娘(こ)たくさんいるよ。お兄さんのような美男子だったら、すぐに仲良くなれるんじゃないかな。」
「なるほど。赤ワインある?できればチーズも食べたいな。」
「もちろん!あたしが食べさせてあげよっか?あ~ん、って。」
「ふふ、それは楽しみだね。よし、行ってみよう。」
 悠々と構えたウィッシュのすぐ傍に赤毛の吸血鬼が恋人のように付き従い、二人は一際大きなバーの熱気に呑まれていった。

 陳列棚に並べられた無数の酒瓶が光り輝き、情動を誘うリズミカルなジャズが店内に流れている。木造りのカウンターの前で実に多くの人々が腰を降ろし、右端から二つ目の椅子だけが空いていた。赤毛の吸血鬼に案内されたウィッシュがそこに座ると、メニューを手に取り、少しした後注文をする。
「じゃあ甘めのカクテルとチーズを頼むよ。」
ウィッシュが頼むと、カウンターの向こう側にいる吸血鬼は「は~い!」と愛想の良い返事をした。

「…ん?あんたは?」
 ウィッシュの右隣、つまり一番端の椅子に座る男が、ウィッシュの声に反応して顔を上げる。几帳面に整えられた銀髪で彼の片目は隠れ、神経質の性によるものなのか常に眉を顰めている。物言いたげに蒼白の男はウィッシュを見ているが、当のウィッシュは赤毛の吸血鬼と他愛もない話に花を咲かせている。高貴な燕尾服を乱れなく着こなしたこの男は、カクテルとチーズを差し出されたせいで、ウィッシュと赤毛の吸血鬼の会話が途切れたところを見計らってこう尋ねた。
「おい、あんた名前は?」
「…ん、俺?」
 薄紅色のカクテルを一口含んだ後、ウィッシュは片手でグラスを持ちながら銀髪の男を見つめる。愚痴と悪口が飛び交う酒場には似つかわしくない程端正な男が姿勢正しくこちらを向く様は、ある種滑稽に思われた。
「あぁ、あんただ。どうしても気になってな」
「そう?俺の名前はウィッシュ=フローラ。」
 聞き覚えのある最高の魔法使いの名が彼の口から放たれると、赤毛の吸血鬼をはじめとした店内の従業員、または客の何人かが咄嗟にウィッシュの方を振り向いた。真贋を下す為に小声で議論を交わし始める者らもでてきた。
「やはり…。思った通りだ。運命、だな。このような場所であんたと巡り会えるのは…。」
(…酔っているのかな?)
 詩的な言い回しに困惑しつつも、ウィッシュは何食わぬ顔で赤毛の吸血鬼が掴んだチーズを一口で頬張り、更にカクテルを呑んで男を見る。
「俺の名はデイヴィッド=マクミラン。あんたほどの魔法使いなら改めて言う必要もまいが、察しの通り吸血鬼だ。」
デイヴィッドは威厳を持たせた言葉を選んで重々しく話す。
「デイヴィッドと言うんだね。よろしく。」
対してウィッシュは、あくまでも気さくに振る舞った。
「さて…。なぜあんたほどの魔法使いがこんなところにいるんだ?秘められた禁呪の探求か、将又我々の知らぬ巨悪の追跡か…。」
「いや、仕事で疲れたからお酒を呑みたくなっただけだよ。」
「何?目的など特にないと言う事なのか?」
 デイヴィッドの重々しい声が、感情的な調子へと変わる。
「まあね。単なる気晴らしに意味を求めても、余計に疲れちゃうし。ノープランで旅行をするのが好きなんだ。」
「俺を迎えに来たのではない、ということか…。」
(…新手のキャッチセールスかい?)
 遺憾の気持ちを呈したデイヴィッドに、いよいよウィッシュは不信感を抱きはじめる。―よく見ると、彼の目の前にはカクテルもチーズも置かれていない。コップ一杯の水があるだけだ。彼はウィッシュより先にいた客であるから、「注文が遅れている」ということは思えない。それに、一人。或いは、仕事に精を出す為にここに通っているわけではないのも明らかだ。格式張った小奇麗な衣装と装飾品以外に、彼の所持品らしき物は見当たらない。ペンやノート、現代の人間風に言えばパソコンさえ持っていない彼が、酒も呑まず何をしているのか。とにかく、この妙な男の考えは読めないが、一通りの心理学を修めたウィッシュとしては、デイヴィッドを奇異の目で見るような真似が出来なかった。

 ウィッシュは、デイヴィッドをストレスに苛まれた憂鬱な吸血鬼であると仮定した上で口を切る。
「俺に何か用でもあるの?ちょっとしたことだったら、手伝うこともできるけど。」
「いいのか?面倒なことになるぞ。」
「そりゃあ、ね。このまま帰ったらとても後味が悪いし。自分で言うのも変だけど、俺は結構傷つきやすい人間だと思うんだ。ふふふ…。」
「フッ…。やはり、期待を裏切らない男だな…。」
掴み所のない男を目の前にしても尚、片手でグラスを口元に運ぶだけの余裕と知識、そして何より経験がウィッシュにはあった。
「では聞いて貰おうか…。この俺の話を。まぁ、大した話ではないかもしれないがな。あんたは俺を弱っちい人間(吸血鬼らが自身をこう言うのは、会話のやり取りを円滑に進めるために他ならない)だと思うだろうが、どうか変に思わないでくれ。」
「うん。」
「あんただからこそ言うんだからな。あんたは世界中の尊敬を集めている偉大な英雄だ。俺だって、初対面の人にいきなり人生相談をするなんて考えられん。」
「うん。」
「他の誰にも漏らすなよ。俺のプライベートなのだからな。こういっちゃなんだが、あんたに話すのさえ自己存在を冒される感覚に陥るんだ。なるべく手短にやるから、しっかりと聞いてくれればありがたい。」
「うんうん。」
「…すまん、今ここで我々が話すと他の者に聞かれる恐れがあるな。あんたがその酒を呑み終わった後でいい。誰もいない所で話したい。」
 するとウィッシュはグラスにあったカクテルを一気に飲み干し、「ふぅ…。」とため息を漏らした。「オーケー、どこがいいかな?」などとウィッシュは含み笑いをして平静を装っているが、内心ではデイヴィッドの曖昧な態度に業を煮やしていた。

「おいデイヴィッド!こんな所で油を売って何になる!え!?」
 愉快な雰囲気を引き裂くしわがれ声。一同が開かれた店の口に注目すると、大層な身分をこれでもかと言うくらいに示す礼服を着た老人が、中年のメイドを引き連れて店全体を睨み回していた。
「はぁ!テメェの方こそ人の後をコソコソ付いて回るんじゃねぇ!古臭ぇお洋服を着てよぉ!」
ウィッシュの後ろに居たデイヴィッドは、椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がり、烈火の如く怒りだす。
「口答えするな!父親は息子を正しく育てる義務がある!お前は黙って私の言う事に従っていればよい!」
 デイヴィッドの父親はメイドをその場に待機させ、人目も憚らず怒鳴り散らしながら、デイヴィッドに詰め寄り彼の胸を指差した。
「るせぇ!ほっとけよ!喋り足りねえなら演説でもしてろ!」
指を片手で払いのけられた父親は、更に顔の皺を増やしてデイヴィッドの首を両手で掴む。
「お前にはプライドがないのか!?名族に生まれた吸血鬼としてのプライドが!?後ろめたい酒場で放埓としているうちに、腐りきったとは言わんだろうな!」
「プライド!?テメェの方こそチンケな過去にこだわって、ただのピエロじゃねぇか!テメェが偉そうにできる時代は終わったんだよ!」
デイヴィッドも負けじと父親の胸倉を掴み、激しく揺さぶった。

 事情をよく知らぬものが無闇に面倒事に関わるべきではないと、ウィッシュは見て見ぬふりをすることが吉と考えた。商売魂溢れる従業員たちは、ウィッシュが呑気に追加のカクテルを注文すると、平常通り彼に品を差し出した。
 だがウィッシュを除くほぼ全員の客はデイヴィッドに味方し、「帰れ、老害!」、「デイヴィッドの好きにさせてあげなよ!」、「プライドとか、どの口で言えるんだ!?」等と、父親に罵声を浴びせている。愉しんでいるのかもしれない。そんな周りの連中など意に介さない程、親子喧嘩は熾烈を極める。とうとう父親の方が握り締めた拳を大きく振り上げ、デイヴィッドの脳天を力任せに殴ろうとした。
 …が、父親の拳は思い切り空を切り、しかも体重を乗せていたせいで無様に前へと倒れ込む羽目になってしまった。醜態を晒してしまい顔を歪める父親を、「はは!ざまあ見ろ!」などとデイヴィッドらが嘲り笑う。怒り心頭に発した父親は、喰いしばった黄色い歯を露出させながら今度は水平に殴り倒そうとする。これまた父親の一撃はデイヴィッドに掠りもせず一回転、その場に尻餅を着くという道化を演じてしまった。何度も父親は立ち上がり、デイヴィッドに暴力を振るおうとするが、どういうわけかその度に転んだり、堅い物質に拳をぶつけて痛めたり、仕舞いにはデイヴィッドが一切手を下していないのに全身が痛々しい様になってしまった。
「おのれ…!公衆の面前で父親を辱めおって!またお前の下らん錬金術のせいか!」
「さぁ?俺は特に何もやってねぇがな。歳だろ。」
デイヴィッドが頭を振ると、酔っぱらいたちが一斉に笑い出した。
「ふん!お前たち、人間に隷属した面汚しどもに笑われようと痛くも痒くもないわ!むしろ礼を言うべきだな!恐怖の存在、吸血鬼に相応しい行いとして、暴力を振るう機会を与えてくれた我が愚息に!いいだろう!今日は好きなだけ遊び惚けているがいい!二度と帰ってこなくていいぞ!」
父親は囃し立てる野次馬たちを片腕で払いのけながら、離れた所で待機していたメイドと合流してその場を去った。
「…もしかしてあんたが手を出したのか?」

 嵐が過ぎた後、デイヴィッドは立ったまま、グラス片手に椅子でくつろいでいるウィッシュに尋ねた。
「まあね。さすがに暴力沙汰はまずいからね。取り返しのつかないことになるかもしれない。」
そう言って、ウィッシュはグラスを口に運ぶ手を除いて微動だにせず、彼のすぐ傍にいた赤毛の吸血鬼を魔法で宙に浮かせた。未知の体験に驚いた彼女は空中で足をバタバタとさせ、ウィッシュはそれを面白がって見ており、満足したら彼女を降ろしてやった。このようにして、デイヴィッドの父親の身体を思うがままに操ったらしい。
「それで、話って何かな?俺はいつでもいいけど。」
「あぁ…。すまない、今日は迷惑をかけたから、また明日にしてくれ。今の俺は自制心を失っている。これではまたあんたたちに迷惑をかけるからな。すまなかった…。」
「え?…うん、分かった。明日もここに来るよ。お嫁さんを連れてね。」
「すまない…、一人で来てくれ…、あまり他人に聞かれたくない話なんだ。身勝手ですまない。ほんとうに、すまない…。」
デイヴィッドは罪悪感のせいで、元々蒼白な顔を更に白くしながら、歓楽街へと消えていった。

 彼が消えると先程よりも酒場は大いに盛り上がり、ウィッシュの魔法を目の当たりにした客や従業員らは異様に興奮していた。特に赤毛の吸血鬼ときたら、より一層熱い眼差しでウィッシュを上目遣いで見ながら、彼の身体をべたべたと触る。
「もお~!助かったよ!クールで知的なお兄さん!あの親子いつもここに来ては殴り合いを派手にやるから、いつもうんざりしていたんだよね!」
「いつも?」
 赤毛の吸血鬼は、ウィッシュの口にチーズを運んでから受け答えする。
「そう、いつも!見ての通り不穏な関係でさ。昔は父親は一々息子のやり方にケチをつけるし、デイヴィッドはデイヴィッドで夜遊びするのが習慣となっててさ。最近はあたしの店がデイヴィッドを匿ってるんだけど、それで父親がそれを嗅ぎ付けてここで騒ぎを起こすんだよ。ま、憎まれている権力者がドラ息子一人に手を焼いているのを生で見せられるのは、あたしたちにとってもいい余興になるんだけどさ!」
「ふふ、やっぱりあの父親は上に立つ人だったか。この辺の領主か何かかな?だとしたら、店としては父親の機嫌を損ねるわけにはいかないね。デイヴィッドも常連客として確保しておきたいし。」
「常連客の分には構わないわよ。でもデイヴィッドったら、チーズだけを注文するか、飲めもしない酒を頼んでそれっきり。注文せずにボーっとしていることもよくあるし、でも注文を勧めれば何度も謝ってくるし。父親がああだから、息子を追い出すのもこわいからな~。はぁ~!」
 赤毛の吸血鬼はカウンターからワイン瓶を持ってきて、自分用のグラスにそれを注いで呑みはじめた。ちゃっかりと彼女は、先程までデイヴィッドが座っていた椅子に座り、ウィッシュに凭れ掛かる。そしてグラスを持つウィッシュに手を重ねると、律儀に彼のグラスにもワインを注いだ。
「父親からお金貰っていないのかな…?あれじゃあ、罰としてお小遣い抜き、なんてこともあり得そうだ。」
「ううん、まさか。お小遣いは言う通り、罰としてもらってないみたいだけれど、スキを見つけて城の貯蓄や売れそうな物をかっぱらうのよ。そのお金は古臭い錬金術の研究費に消えちゃって、財布の中はすっからかん。何でも、昼間は錬金術の研究に没頭してるらしいの。やっていると心が安らぐんだってさ。」
「…きっと、物作りをすることで理性を保つタイプなんだよ。繊細で、敏感で、人と関わることが苦手で。―デイヴィッド、父親が視界に入るなり別人のように豹変した。押さえ付けていた感情が爆発したんだろうね。その時の彼は自制が効かない。でも、一旦収拾がつくと自己嫌悪に駆られ、謝ることしかできなくなる。何度かそれを繰り返しているうちに、人と関わること自体が恐怖になる。他人と関わることほど、平静を掻き乱されることはないからね。それよりだったら、自分を押さえ付けておいた方がマシだと考えているんだろう。…ふぅ、吸血鬼の世界も世知辛しいね。」
「あは!そうね!はぁ~!お酒ってサイコー!もう一杯飲む?」



(To be continued…)


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