angry management

2012 - 07/07 [Sat] - 12:06

深い悲しみと失望が怒りを生み、怒りが妬みを、妬みが恨みを、そして恨みが再び深い悲しみを生む。それらがすべての循環の完結するまで尽きることはない。
                     ―デイヴィッド=ヒューム



【ウィッシュ=フローラ】
 無邪気さとニヒルさの間で気ままに生きる世捨て人。催眠療法のために両性から好感を持たれる中性的な容姿をする。極限まで研ぎ澄ました色のない光(魔力)を自由自在に操り、文字通り神をも超える力を持つが、仄かな哀愁を漂わせている。

【アリーナ=ナスターセ】
薄紅色の長髪、豊潤な肉体、あらゆるものが煽情的な女性。性格は自由奔放、己が命ずるままに行動する。意外と面倒見が良い一面も。サキュバスでありながら、腐敗しきった同族間での生活を厭い、今は孤独に震えながらも生きる意味を探している。






「やだっ!ウィッシュ、どいて!」
 夜、寝不足で注意散漫となっていたアリーナが、階段の途中で足を踏み外してしまった。封がされていない化粧品入れの中身が宙で散乱、様々な色の口紅やマニキュア、ファンデーションなどはアリーナの後を追うようにウィッシュ目掛けて落下する。
「ん?どうしたの?」
 就寝間際でぼーっと歩いていたウィッシュが呑気に階段を見上げるや否や、彼はアリーナの下敷きになってしまい、続けて雑多な化粧品が二人に降りかかる。二人は悲鳴をあげたかもしれないが、それよりも大きいドン!とした落下音の方が家中に響いたのであった。

 アリーナはうつ伏せのまま両手で上半身を持ち上げて、仰向けで唖然としているウィッシュに向かい、大層慌てた様子で話す。
「いったぁ~!…あ、ごめんなさいウィッシュ!顔とかスゴイことになってるわ!口紅のアイラインにマニキュアの唇よ!」
「…うん、別にいいよ。わざとじゃないでしょ。…そっちこそ大丈夫?髪の毛に白い粉が降り掛かっている。フケみたいだ」
 先に立ちあがったウィッシュはアリーナの手を引っぱり起こしてやった。続けて彼が指を鳴らすと、両者の汚れた部分全てが色のない光に包まれ浄化される。さらに床に散らばった化粧品が、まるで牧羊犬に追われた羊たちのように箱の中に戻り封をされ、全て元通りになった。

「ねェ、怒ってる?」
 アリーナが艶のある光沢を放った薄紅色の髪の毛をなぞりながら言った。
「いや、全然。…俺がもっと早く気づいてあげれば、化粧品も無駄にならずに済んだろうね。非があるとしたらこっちの方かな?ふふふ…」
 ウィッシュは静かだが、暖かい微笑みを作ってみせた。
「冗談!そんなに優しくされたら私、罪悪感でいっぱいになっちゃうじゃない!」
「あら、だったらまず貶してあげるべきだったかな。その方がより効果的に口説けるし。ホストの常套テクニックだね」
「もぉ…!心理カウンセラーのウィッシュ、怒りを抑えることがストレスになるの、一番分かっているわよねェ?自分にウソをつくなんて、これっぽっちもいいことないわ」
「そう?これでも割と素直だと自分で思っているけどなぁ。コーネには結構愚痴こぼしたりするし」
「明日の朝ごはんになるまで溜め込んでおくつもり?ほらほら!文句あるなら言っちゃいなさい!私みたいに!」
「いや、遠慮しておくよ。これからバイトでしょ。嫌な気持ちで送り出したくないよ」
「もぉ…!」
 不貞腐れたような表情をするアリーナを尻目に、ウィッシュは「じゃあバイト頑張ってね」と言い残し階段を昇った。
(昔は何かにつけて暴れまわっていたんだけどね…)
そのまま彼は自室のベッドで横になり、すぐにいびきをあげるのであった。





 酒に酔ったかのように鈍った思考回路で、狭まった視界に映る生意気盛りな男の子と、学校の教室の中で正対していた。胸の内で唸りを上げるのは、言葉に換えようがないほどの激しい怒り。明らかに挑発的な”敵”の眼に映るのは、顔面を引き攣らせ、真っ赤になった”自分自身”の顔。右耳からは”敵”とグルになっている悪ガキ共の野次、左耳からは”自分”を道化師に仕立て上げたおませさんたちの笑い声。
「ほ~れ、ほ~れ!おまえ殴られて殴り返すこともできないとか、それでも男か?だっせぇな!」
 口だけ達者な”敵”は、反撃を貰わないのをいいことに、最初は”自分”の腹を軽く殴ったりする程度だったが、やがて股間を蹴り上げるまでにエスカレートしていった。
「お母さんに、ちょっとしたことで暴力を振っちゃいけないって教わったんだ…!」
「ハァ?じゃあおまえ、殺人鬼に死ねとか言われたら黙って死ねよ。やられてんのにやり返さないって、そういう事だかんな!」
 「アハハハ!」と、教室中の一同が笑った。晒し者にされている少年は、女々しく涙を流しているが、歯を食いしばり手を握り締め、決して屈しないと子どもなりに意地を見せている。
「お前ら!ありがたいと思えよ!僕が本気出したら、お前らなんか簡単に殺せるんだぞ!」
「殺す?おまえなにマジになってんの!おれはちょっと叩いているだけじゃねぇか!」
「僕のちょっとは、お前らのちょっととは違うんだ!」
「アーァ?じゃあ見せてみろよ!やり返してこいよ!口だけは達者だな、おまえ!」
 「ギャハハハ!」と、一斉に笑い声が湧き立つ。”敵”はこちらの臆病な性格を良く分かった上で、余裕の表情を浮かべ「どうぞ」と顎を突き出している。

 半透明で白い光が、教室の中央で渦を巻く。熟練の魔法使いでさえ、魔法の先生でさえ、ここまで純度の高い魔力を行使することはできない。誰もが彼をバカにしていたが、この時全ての児童が目を見張り、静まり返っていた。そして、血眼になるほど怒り狂ったウィッシュ=フローラが”ちょっと”だけ魔力を炸裂させると、次の瞬間半透明の白い閃光が教室全体に襲い掛かった!

 ガラスが木端微塵に砕かれる音が聞こえ、頑丈な机は原型を留めぬほど破壊しつくされ、カーテンはミキサーに切り刻まれたかのようにボロボロになり、壁中を埋め尽くしていた児童たちが描いた絵は跡形もなく消える。教室の外に群がる、駆けつけた先生たち。白く半透明な光が、彗星の尾のように元に還った時、地に伏して泣き喚く児童たちの中央で、ただ一人ウィッシュだけが息巻いていた。



「ウィッシュ!あなたがしたことを大人の世界では何というか知っているの?犯罪よ、犯罪!」
 学校の倉庫に連行されたウィッシュは、ヒステリーを起こした担任の女教師に平手で打たれ、体罰を受けた。
「く…!だったら直しますよ!放課後、僕が一人残って全部元通りにします!それでいいですよね!」
「口答えすんじゃないわよ!」
 もう一度ウィッシュの頬を力任せに叩く担任。しかし、ウィッシュは年老いただけのこの担任を睨むのを止めない。
「いい、ウィッシュ!あなたは人を傷つけたの!しかも喧嘩した人だけじゃなくて、教室にいた全員なのよ!関係ない人を巻き込むなんて、あなたそれでも人間なの!悪魔よ!あ・く・ま!」
「なんで僕ばっかり!みんな僕が殴られたりするのを見て笑っていたんです!先生いつも言うじゃないですか!いじめを見ている人もいじめっ子と一緒だって!ほら、見てくださいここ!皆はかすり傷なのに、僕はこんなにやられたんですよ!」
 ウィッシュはズボンをたくし上げ、膝から足首にかけて無数の傷を担任に見せた。コンクリートで転んだ程度の小さな傷だが、彼は毎日いじめっ子どもに小突かれているせいで傷が絶えないのだ。治そうと思えばすぐに魔法で治せるが、ウィッシュは敢えて治そうとはしない。教師にいじめっ子のことを言い付けても狡猾に立ち回られ、仕舞いにはウィッシュが悪いということになってしまうので、いざという時の証拠としているのだ。
「どうしたのそれが!あなたお得意の魔法で治しなさいよ!一々どうでもいいことをわたしに言わないで!」
「なんで僕の話は聞いてくれないんですか!」
「うるさい!怒りに任せて行動した結果失敗した人が、世の中にたくさんいることくらい分かるでしょう!あなたは我慢が足りません!人の話を冷静に聞けないようならば、大人の世界で生きていけませんよ!」
 担任が金切り声をあげると、ウィッシュはそれを上回る声量で絶叫する。
「貴様が言えた義理か!老害がぁ!」





 現実世界のウィッシュは、目を瞑ったまま同じ言葉を叫んでいた。自らの声に驚き、ハッと目を見開いてベッドの上で半身を起こす。全身が熱く、額に汗をかき、辺りを見回して自分が大人であることを想い出す。
「ウィッシュ?悪い夢でもみたのぉ?」
 ちょうどバイト帰りで、ウィッシュらと共に朝食を食べようとしていたアリーナが、部屋のドアを開いては目を丸くして訊ねた。
「あぁ、アリーナか…。まあ、そんなところかな…」
 遠い過去の記憶を悪夢に掘りかえされてしまったので、普段抑圧しているウィッシュの無意識が表層に現れ、行き場のない不安と言いようのない恐怖に駆られる。普段何が起こっても余裕を見せつけるウィッシュが珍しく動揺しているので、アリーナは深呼吸を繰り返す彼を黙って見つめていた。しかしウィッシュの不安定な感情は一向に治まらないので、彼は同情を求める子どものような視線をアリーナに投げ掛けた。
「ごめん、ちょっと俺の話に付き合ってくれないかな?」





「そんなことがあったのねェ…。暴れちゃうと手がつけられなくなるから、ウィッシュの言い分は聞いて貰えないなんて…」
「あぁ。俺は、とにかく我慢しろ、怒るななどと、よく言われた記憶がある」
 ベッドの上で半身を起こすウィッシュは、出来るだけ冷静さを保ちながら自己分析をしていた。すぐ横で、ベッドに腰を降ろすアリーナ。彼女は生足を抱えて、ウィッシュの話を真剣に聞いている。
「確かに俺は、他人より沸点が低く、ちょっとしたことで暴れ出す子どもだった。酷い時は、他人が笑っているのを自分を嘲笑っているのと勘違いし、顔を引っ叩くこともあった。自分の物を隠されたことに苛立ち、彼女のお気に入りの持ち物を魔法で粉々にしたこともあった。誰がどう見ても俺が悪いのに、俺は同級生に注意されたことに腹を立て、仕返ししたことも…あった。重症を負わせることこそ無かったものの、誰もが俺を問題児と呼んでいた。犯罪者予備軍とも言われていたな。それでも両親やスクールカウンセラーの励ましに後押しされ、徐々に”我慢”を覚えることができたけどね。心理学に興味を抱いた一つのきっかけだ」
 深く、長いため息。腸(はらわた)を焼き尽くす憤怒の炎を冷ますかのように。
「…今にして思えば、俺は正当な教育を受けていなかったのだと思う。近年『キレる』児童たちが社会問題となっている。俺のことだとは言わないが、何の脈絡もなく学校で子どもが暴れ出すこともざらにある。…そういえば、日本に住む友人からこんな話を聞いた。今回の大震災で多くの子どもたちが仮設住宅に住まざるを得なくなんだり、多くの学生らがボランティアとしてその子らに勉強を教えに行ったんだが、何気ない一言に対して子どもたちは『死ね!』や『ぶっ殺す!』などと言うらしい。食生活や発達障がい等が引き金となって『キレる』場合もあるが…。その多くは欲求不満や心の緊張状態によるものだ。大人でさえ、怒りの原因を根本から解決しない限り多大なストレスを被るというのに、敏感な子どもを抑圧することが根本的な解決に繋がるのだろうか?」

 言い表しがたい感情をどうにかして言葉に換えようと、一度ウィッシュの話が途切れる。アリーナは黙ってウィッシュを見つめたが、彼は静かに怒りを堪えているようにも見えた。
「おかげで俺は人よりも余裕に溢れた人間になることができた。それはそれで、まあいいんじゃないかと思っている。現にこうして、面白おかしく毎日を過ごしているからね。…だが、俺は決して、この幸せを、俺を”教育”してきたと抜かす奴らの賜物だとは思いたくないんだ」





(The end)




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