川底に秘められた輝き

2012 - 11/21 [Wed] - 20:50

緊張のあまり結婚指輪を川に落としてしまった青年がいた。
たまたま居合わせたウィッシュは、指輪を探して川底に潜る。

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 穏やかな昼下がり、川沿いのカフェテラスにて。
 一番奥、つまりまたげば川に落ちるほど近い柵のそばで、シルクハットを被った青年が、大きな眼鏡をかけたお嬢さんの前で真っ赤になって震えている。
「そ、そ、そのさ、メレーヌ。えっと……」
「なあに?リシュアン」
 メレーヌは両手を後ろで組んで、瞳をうるうるとさせている。
「ぼ、僕と結婚してくれ!」
 そう言ってリシュアンは、緊張のあまり目をつむりながら、白いパールの結婚指輪を両手でメレーヌに差し出した。
「リシュアン!」
 感極まるあまり、メレーヌは両手で口を押え、目を伏し、黙してしまう。
「ぐ、うぅ……!」
 手の震えはますます激しくなり、ついには手から指輪がすべり落ちてしまう。そして、それはそのまま川の中へ……。
「うわぁぁぁぁぁ!僕の指輪が!川の中に!」
 絶叫にカフェテラスにいた全員がリシュアンを振り向いた。彼は頭を抱えながら柵から身を乗り出し、川面に広がる小さな波紋を、どうすることもできずに眺めていた。
「お客様!どうなさいました!?」
「なんだなんだ!?」
「おい!誰か袋持ってこい!透明じゃないヤツな!」
 その場に居合わせた一同はリシュオンを取り囲み、優雅な雰囲気を醸し出していたカフェテラスは瞬く間に騒然となった。
「ねぇ、どうしたの?」
 黒い長髪で黒衣を纏った、中性的な男がリシュオンに問いかける。彼の名はウィッシュ=フローラ。魔法使いなら知らぬ者はいないと言われるほど有名で、気分転換のためにこのカフェテラスでくつろいでいたところだ。
「あぁ!僕はどうすればいんだ!何ヵ月もかけて貯金したのに!」
 錯乱しているリシュオンの耳にウィッシュの声は届かない。どうしたものか。首をかしげるウィッシュ。
「その格好は……『色のない天使』ですか?」
「ふふふ、そのとおり。ウィッシュ=フローラだよ」
 代わりにメレーヌが受け答えすると、カフェテラスは更に騒がしくなった。
「もしかして、助け舟を出してくれるのですか?ありがとうございます!彼ったら、緊張のあまり結婚指輪を川に落としてしまったんです」
 驚き、呆れ、同情の声が店内にひびく。
「なるほどね。どんな指輪だった?」
 ウィッシュはリシュオンにではなく、メレーヌの目を見て話した。
「たしか白い宝石の指輪でした。あれは、パール細工だったのでしょうか」
「白いパール細工の結婚指輪。うん分かった。じゃあちょっととって来るね」
 言い終わる前にウィッシュは柵を飛びこえ、そのまま川の中へダイビング!
「うわぁぁぁぁぁぁ!人が!人が溺れた!」
 リシュオンは生身の人間が川の中に沈んだのを見て、気絶して柵の上に倒れてしまった。
「落ち着いてリシュオン!多分あの人はかの有名な天使さんよ!おぼれてなんかないわ!ほら、しっかりして!」
 メレーヌは彼をイスに座らせると、平手で何度も頬をひっぱたくのであった。

(うわ、思ったよりきれいじゃないなこの川。なんか色んなゴミがある)
 ウィッシュがそう思うのも無理はない。真っ青な川面からは想像が出来ないほど、川底にはたくさんのゴミが沈んでいたからだ。スナック菓子が入っていた袋や新聞紙なんかはかわいい方。ひどい物では洗濯機やドラム缶が無造作に捨てられていたのだ。
(一つ一つ片付けていけば、そのうち指輪も見つかるかな?)
 ウィッシュは目に映ったゴミを片っぱしから魔法で消していった。正確には、ゴミを異世界へ転送させている。異世界といっても、ゴミを捨てるだけに作られた世界だ。『燃えるゴミを捨てる世界』とか、『資源ゴミを捨てる世界』とか。
 数々のゴミは色のない光へと変わり、霧消し、あるべき場所に捨てられていく。足の踏み場(?)もないほど汚かった川底は、みるみると元の美しさを取りもどす。でも、肝心の指輪らしきものは見当たらない。
(あれ?もしかして、指輪まで一緒に捨てちゃったかな?)
 そんなはずはないと言わんばかりに、ウィッシュはすっきりとした川底をすみずみまで見わたした。やっぱり何もない。あるとしたら……。
(あの穴の方へ流れていったとか?)
 川底のほんの一部分に、ウィッシュがやっと通り抜けられるくらいの小さな穴があった。ウィッシュが川底を掃除したから見えるようになったのだろう。迷わずウィッシュは、魔法ですいすいと泳ぎ、穴の中へ入っていく。

 そこは小さな鍾乳洞のようだった。壁に掛けられた蝋燭が照らす、数々の貴金属やら、アクセサリーやら、ガラス細工やら。
 川底から続く水面から顔を出したウィッシュは目が合った。半透明の肌を持ち、深い青色の衣を纏った、瑠璃色の髪を持つ少女と。ウィッシュは彼女が持つ魔力から、彼女は水の精霊だとすぐに分かった。
「あなた、もしかして溺れてきたの?」
 水の精霊は少し怯えたような様子で質問する。
「あー、その、ごめん、もしかして君の家だった?ちょっと白い宝石の指輪を捜していたんだ」
 ウィッシュは水面から上がらないまま答える。ふいに、小机の上にある白いパール細工の指輪が目に入った。
「そう、それ!多分それ!」
「え?捨てたんじゃないの?」
「いや、そんな貴重なもの、普通捨てると思う?」
「思う。川の底を見てきたでしょ。人間って何でも捨てるじゃない」
 むっとした目でウィッシュを見る。瞬間的にウィッシュは、水の精霊に過去に嫌な目に遭ったのかと考え、うかつにものを言えなかった。そうでなければ、どうして水の精霊がこんな場所で、隠れるように暮らすのだろうか。
「そうだね。人間の中には、―俺も一応人間だけど、何様のつもりかそこら中に、ゴミを捨てるような輩もいるね。でもそれは違うんだ。ある男の人がお金を貯めて買った結婚指輪なんだけど、恋人に渡すとき手が震えちゃって、間違って落としてしまったんだよ。わるいけど返してもらえないかな?」
「いやよ。この川に落ちたんだから、もうわたしの指輪ってことに決定なの」
「え~。どうして?」
「だっていつもゴミばかり投げ捨てられるから、ゴミじゃないのをわたしのものにしたって、少しくらい文句ないでしょ」
「そりゃあ、そうだけどさ……」
 ウィッシュは頭を掻いた。川に捨てられたゴミの数々を思い出す。この精霊がワガママを言ってもバチなんてあたらないだろう。だからといって、ウィッシュはこのまま帰るわけにもいかない。
「じゃあ、物々交換なら良いかい?何か欲しいものとかある?」
 ウィッシュは水から鍾乳洞にあがってから言った。
「欲しいもの?そうね、綺麗なものがたくさん欲しいわ。きらきらに輝くものだったらもっといい」
 水の精霊は、遠い目をして鍾乳洞いっぱいに飾られた輝くものを見まわした。
「昔は、私が住んでいた川も綺麗に輝いていたわ。今はもう見る影もないほど色褪せている。だからここで私はここで暮らしているの。たまに川に捨てられる、輝いたものをかき集めて、まあ、悪くないかな、なんて思って暮らしているの」
 水の精霊は真剣な眼差しでウィッシュを見つめた。
「光り輝くもの、溢れるくらいにたくさん。それだったらこの指輪を返してもいいわ。陽光にきらめく川の面みたいに輝くものよ。いい?」
「うん、分かったよ」
 ウィッシュは両手で空気を包むようにすると、色のない光が手のひらから生みだされた。濃縮された色のない光は、1cmにも満たないほど小さい、丸く透明な水晶となってこぼれだす。ひとつ、ふたつ、みっつ。時間が経つにつれ、こぼれだす水晶はどっと増え、にわか雨に降られたかのように水の精霊は呆然としていた。
「魔法使い……」
 水の精霊はそう呟いた。ずっと昔、魔法を使える人間は忌み嫌われた末、理想郷を求め、この地球とは別の世界に旅立ったらしい。大量消費が美徳とされるこの現代に、まさか思い描いた夢を咲かせる魔法使いがまだいるなんて、水の精霊は思っていなかったのだ。
「これだけあれば満足かな?」
 山積みになった水晶は、男と女の平均身長を足して割ったような背のウィッシュの、腰辺りまであった。それまでつんとしていた水の精霊は、ぱあっと笑顔になってウィッシュのそばまで走り寄る。
「十分すぎるほどよ!ありがと!キツイ言い方しちゃってごめんね!これ返すわ!ちゃんと送り主に届けてあげてね」
 ウィッシュの胸元に結婚指輪が押し当てられる。
「うん、どういたしまして。……そんなに欲しかったの?」
 結婚指輪を受け取りながらウィッシュが聞くと、水の精霊は得意な顔になって「そうよ!」とだけ答えた。
「ふふふ、まっ、あまり突っこんだことは聞かないでおこうかな。それじゃ。騒がせて悪かったね」
「まったね~!いつでも歓迎するわ!」
 現金な精霊だなぁ。そう思いながらウィッシュは水にもぐり、その場を後にした。
「うふふふ!これだけあれば、きっと昔のように……」

 ほどなくして、ウィッシュは川から頭を出した。野次馬たちはウィッシュを見るとざわめきだす。
「あぁ!良かった!本当に良かった!」
 ウィッシュが手を振りながら結婚指輪を見せると、リシュアンは安心し、気を抜いてそのままイスにもたれかかってしまう。
 すぐにウィッシュが指輪を手渡そうとしたので、あわててリシュアンはもう一度立ち上がり、暇もなく緊張で再び顔を強ばらせてしまう。今度は野次馬たちに取り囲まれているので、さっきよりも胃が熱くなるようだ。しかし、リシュアンは唾を呑みこみ意を決する!
「メレーヌ、僕と結婚してくれ!」
 腹をくくっての一声。堂々と差し出された白いパールの結婚指輪は、川面で踊る陽光のきらめきよりも美しい。メレーヌは頬を真っ赤に染めて頷くと、リシュアンの手をとった。
 巻き起こる喝采。飛び交う祝福の声。その中で二人は、美しい川を背景にしてどちらともなく抱擁を交わす。
(ん?あの川、あんなにきれいだったかな?)
 水晶にも似た輝きを放つ水面を見つめて、ウィッシュは一人密かに含み笑うのであった。

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